2019年11月19日火曜日

企業危機管理の基本


 危機管理とは、普段から起こるかもしれない事態を想定して、事前に準備することである。危機管理には起こる前に(起こらないように)準備しておくこと(リスクマネジメント)と、起こってしまった場合(クライシスマネジメント)にどのように対処して被害を出来るだけ小さく済むようにすることである。かつて危機管理と言うと、クライシスマネジメント(Crisis management)とリスクマネジメント(Risk management)の両者の意味を含む場合が多く、両者が分離したのは最近のことである。

災害の多発と危機管理
 危機管理は、米ソ対立時代、国際的な戦争や紛争といった事態への対応、必要性が認識され、日本においては、1995年の阪神大震災や台風や津波など自然災害への対応、そして企業における事件・自己への対応、学校や病院などにおける安全確保など、様々な分野において適用され、活用されるようになった。

危機管理の重要性
 危機が発生する対象が国際社会であろうと、企業や学校であろうと、そして危機の内容が、人災であろうと、天災であろうと、危機管理の基本は同じで、一つ目は危機を予防し、回避させることである@。天災など予防できない危機に対しては、事態に備えた準備も必要です。二つ目は危機による被害を最小限にとどめることである。日頃から、危機発生時にどのように対応するか、意識することが大切です。そして三つ目は再発防止です。危機発生時の対応に問題があった場合は、新たな対策を練ることが大切である。

危機の種類
内部的要因〉
経営に関する内部告発・・・・(告発者の特定が妨げになっている)
会計不正・・・・・・・・・・(コンプライアンスとディスクロイジャー)
ハラスメント・・・・・・・・(撲滅と啓蒙)
労働時間管理違反・・・・・・(今までの常識は古い)
不良商品・・・・・・・・・・(チェック体制の強化)

外部要因〉
災害・・・・・・・・・・・・(予測 想定 避けられないかも)
火災・・・・・・・・・・・・(予測想定で避けられる)
顧客対応・・・・・・・・・・(クレーム処理)
マスコミ対策・・・・・・・・(マスコミを敵にしたら企業は崩壊する)

経営者危機管理能力が重要
 ステークホルダー(会社の利害関係者)にも危機管理について理解し、共に考えてもらう。特に内部告発者への対応は重要な意味がある。つまり、内部通報者がいないと、会社において行われてきた不正を見逃すことになる。平成16年には内部告発者保護法が成立し、内部告発者を守ることで、企業の不正をただすようにしようと考えているのだが、実際は内部告発者の「その後」は悲惨な状況であることは依然と同じである。
 日産自動車の騒動においては、コーポレートガバナンス(企業統治)の重要性が議論されたが、ここでも利害関係者間の意見の不一致が事態の解決を送らしている。日産事件を防ぐためには企業会計の公明さが必要なのであるが、日本では会計におけるディスクロイジャーやコンプライアンス(順法)意識が低いのではないだろうか。

事例
雪印事件
 雪印集団食中毒事件とは、雪印乳業の食中毒事件と、その後に発生した子会社の雪印食品による牛肉偽装事件のことである。20006月から7月にかけて、近畿地方を中心に発生した、雪印乳業(現:雪印メグミルク)の乳製品(主に低脂肪乳)による集団食中毒事件は、電気系統の故障から、製品が長時間温められて細菌が繁殖し、多くの被害者が出たにも関わらず、これを公表せず嘘の報告で隠蔽し、事態を悪化させたことである。現場の責任者はその後、叱責を恐れていたと供述している。
その間に被害者は、14,780人に及んだ。問題を起こした大阪工場は、期限の操業停止を命じられ、操業再開されることはなく、20013月末に閉鎖された。
事態を悪化させた社長の会見 
 記者会見の延長を求める記者に「そんなこと言ったってねぇ、わたしは寝ていないんだよ!!」と発言。一方の報道陣からは記者の一部が「こっちだって寝てないですよ! そんなこと言ったら! 10ヶ月の子供が病院行ってるんですよ!」と猛反発。この会話がマスメディアで広く配信されたことから、世論の指弾を浴びることとなり、そのまま社長を辞任した。




雪印食品事件
 1996年にイギリスが、クロイツフェルト・ヤコブ病感染者のうち10名の発症原因がBSEに感染した牛肉である可能性が高いという見解を明らかにした。2001年に日本産牛肉のBSE(牛海綿状脳症)感染が発覚し、農水省は国産牛肉買い取り事業を開始。同事業を悪用し、外国産牛肉を国内産と偽ってパッケージを詰め替え、オーストラリア産牛肉30tを含む、約280tの外国産牛肉を国産牛肉として不正請求したのが雪印食品関西ミートセンターであった。
 事件の背景には外国産牛肉が安価で、日本産は高価であるという価格差問題があった。このため買い取り事業において、日本産牛肉の買い取り価格より、外国産牛肉の購入価格の方が安いという内外価格差が生じた。これに目をつけ外国産牛肉を日本産と偽ることにより、外国産牛肉の購入価格と日本産牛肉の買い取り価格の価格差から来る莫大な利得(税金由来の補助金の騙し取り)を見込んでの犯罪であった。
内部告発
 2002年、雪印食品と取引があった冷蔵会社・西宮冷蔵の経営者による内部告発によって発覚した。これにより、雪印食品の社長が即刻辞任、同時に食肉部門からの撤退を発表、詐欺罪容疑で農林水産省近畿農政局が告発、兵庫県警察本部などの合同捜査本部が雪印食品本社や関西ミートを捜索し、その結果、会社は解散し、多くの従業員も失業した。

雪印の創業者について
黒澤酉蔵
 1885(明治18)年茨城県久慈郡世矢村(現常陸太田市)に生まれる。14歳で東京で働き、16歳で足尾鉱毒事件で闘う田中正造と出会い、共に行動したが逮捕され6か月間留置場で暮らした。その後、 宇都宮牧場の宇都宮仙太郎氏から酪農の手ほどきを受け、20歳で北海道に渡り、北海道に酪農を広めた。北海道畜牛研究会を結成し、生乳が余って酪農家たちが危機に立たされた時には、酪農家自らが製品をつくって売る北海道製酪販売組合(雪印乳業)を立ち上げ、1933(昭和8)年に酪農学園大学の前身である北海道酪農義塾を開校した。
 足尾鉱毒事件で谷中村の農民は、栃木県から那須高原へ強制移住させられた。彼らは米作り以外、経験がなく、当時の那須では米作りが出来なかった。この惨状を救ったのも黒澤酉蔵で、彼らに酪農を指導した。

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