2019年6月25日火曜日

企業の海外移転


    先進国の製造業が、海外移転をして本国ではサービス産業が展開していく過程は日本のみならず、他の先進国にも共通の出来事である。日本の企業の場合、アジアを中心とする新興国などで海外生産を拡大している。企業が海外生産移転を加速させる要因として、人件費の高騰、関税、円高・為替変動、巨大な市場に成長しつつある新興国の技術水準向上などによるものである。

 

先進国では、企業の海外生産移転などを背景に経済のサービス化が進展し、国内経済に占める製造業のシェアが低下傾向にある。製造業の国内シェアは、いずれの国においても低下傾向にあり、日本とドイツは85年には30%弱の水準であったが、2010年には20%程度まで低下している。この間、アメリカ、フランス、英国は20%程度の水準から10%強の水準まで低下している。また、これと同時に、製造業の海外生産移転などを背景として、各国で製造業の対外直接投資残高(対GDP比)が拡大している。我が国の製造業の国内シェアは、2000年代に入ると、輸出の増加に伴う国内生産の拡大などを背景に、しばらく横ばいで推移していたが、リーマンショック後に大きく低下した。他方、韓国の製造業の国内シェアは、90年頃からおおむね横ばいで推移しており、リーマンショック後は、主要先進国が低下する中、直近は幾分強めの動きが見られる。
 

日本の対外直接投資残高の動向から、企業の海外展開の状況を確認すると、地域別では、アジアや中南米などの新興国向けが近年増加傾向にあり、アジア向けは2009年にEU向けを追い越した。企業は、日本から地理的に近く、消費市場の拡大が期待されるアジアへの進出を強化している。こうした名目為替レートでみた円高の進行は、輸出関連企業の収益悪化を通じて、日本経済にマイナスの影響を及ぼすとともに、企業の海外進出を促す要因となりうる。具体的な経路としては、輸出関連企業が円高によって輸出採算の大きく悪化した製品の輸出や生産を減らす、国内生産に対する期待収益率の低下に伴って国内設備投資が抑制される、為替変動リスクへの対応策として海外現地生産比率を高めるなどが指摘できる。日本の円高は、世界の不安定な経済の安全弁的な役割があり、株が下がれば安全な円を購入するため、日本円が上がる傾向が長く続いてきた。そしてこの円高が日本の輸出産業を停滞させているのである。

海外生産移転にはリスクも伴う。日本企業は、尖閣諸島を巡る問題をきっかけに、中国リスクを改めて意識するようになった。20129月以降、中国各地で発生した大規模な反日デモによって、日本企業の現地法人は小売店舗の破壊と商品の略奪、工場の操業停止などの被害を受けた。現在係争中の米中貿易摩擦も、日本にとって予想以上の悪影響をもたらす可能性がある。この面から考えても中国からASEANへの工場移転の流れは止められない。


海外移転の何が問題なのか 

製造業の役割は、農業と同じく国家の豊かさを実現するために書くことのできない産業分野である。しかしながら、農業がそうであったように、製造業も全労働者に占める割合は減少し、すでに十数パーセントに低下している。今後さらに低下することは他の先進諸国の例からも明らかである。日本の製造業は新興国の追い上げという事実はあるが、高度な技術や基幹技術面では圧倒的なレベルにあり、国際的サプライチェーンの中で日本の役割は多くの精密機械の心臓部を供給している。新興国は日本の精密部品を利用して、製品を完成させている。

したがって、日本の製造業が海外移転しても、特に問題はないというか、移転したから日本の製造業が国際サプライチェーンの中心にいることが可能になって、大きな利益を上げることが可能になったといえる。しかしながら、日本の企業にとって良いことが、必らずしも日本にとって良いこととは限らない。高度経済成長期と根本的に異なるのは、かつて国内に工場があって、海外に輸出されていた時代、輸出代金は日本に入ってきた。だから多くの税金を日本に収めることができたわけで、日本経済はそれで潤った。それが海外生産になれば、日本企業は現地の労働者を雇用し、利益も現地国に支払われるから日本企業は儲かっているのに日本は停滞してしまうのである。
 

国際サプライチェーン                   (内閣府ホームページ)

 サプライチェーンとは原材料を供給し、それを加工、完成品を作り、消費者の手元に届ける一連の流れのことである。現在かなりの商品が、こうした国際的なサプライチェーンを利用して製品が造られていて、その実態について知る必要がある。

日本と海外のサプライチェーンの構造について、各国・地域別にみると、中国、NIEsASEANにおいては、全産業に占める第二次産業のウエイトが高いことが確認できる。特に、中国については、第二次産業のウエイトが2015年時点で約6割と、他の国・地域と比べて高い。第二次産業のうち、製造業の内訳では、金属素材や化学製品のほか、情報通信機器や電気機械、一般機械、輸送用機械などをはじめ、機械産業の割合が高い。こうした機械産業は、製品の生産工程が多く、多数の部品や半製品等の中間財が投入されるという特徴がある。後掲の第322図で確認するように、中国の中間財需要が大きい背景には、このような産業構造が反映されていると考えられる。

また、日本やアメリカなどの先進国については、全産業に占める第三次産業のウエイトが最も高く、サービス化が進展していることが分かる。個別の産業をみると、日本はアメリカに比べ、第二次産業の中でも、機械産業や建設業といった産業のウエイトが高いことが特徴的である。(日本、NIEsASEANが中間財を供給し、中国がそれらを用いて完成品を生産)

第一に、中国は原材料や部品など中間財の輸入割合が高く最終財の輸出割合も高いことから、海外から輸入した部品等を加工して、完成品を輸出するという、サプライチェーンにおける生産拠点となっていることが分かる。中国は部品などの中間財を諸外国から3700億ドル輸入し、加工して2兆ドルの輸出を行っている。

第二に、日本、NIEsASEANについては、最終財と比べて中間財の輸出入が多い傾向にあり、サプライチェーンにおいて中間財の主要な供給元であると同時に、中間財の主要な需要先にもなっている。

第三に、アメリカについては、最終財の輸入割合が高く、その金額も他の国・地域と比べても大きいことから、完成品の最大の消費地となっている。以上をまとめると、アジア地域においては、日本、NIEsASEANを中間財の主要な供給元・需要先とし、中国を主要な生産拠点とした地域内でのサプライチェーンが構築されており、アジアで生産された最終財をアメリカが輸入するという構図となっていることが分かる。

 

これから予想される発展可能国家

旭リサーチセンターによると2014 年から 36 年先の 50 年までの経済予測を行っている。このレポートでは、新興国は今後 36 年間、先進国よりも速いペースで成長するものの、経済成長で先行した新興国のいくつかは次第に成長スピードが鈍化する姿が描かれている。その要点は以下の通りである。

36 年間平均 3%を超える経済成長が実現
 14 年から 50 年の 36 年間で主要 32 ヵ国の GDP 合計は年平均 3%を超える成長を続け、37 年までに 14 年の 2 倍に、50 年までに 14 年の 3 倍に拡大する。

②中国経済は 20 年以降持続可能な水準に移行し、その他の新興国の成長も鈍化する。
中国や他の新興国の経済成長率は現在の高い水準から 20 年以降、持続可能な水準に鈍化する。また、多くの国の生産労働力人口の増加も緩やかになる。

28 年に中国は名目為替レートベースの GDP でも米国を追い越す。
今後 36 年にわたり、先進国から新興国への経済のパワーシフトが続く。中国は 14 年に購買力平価ベースの GDP で米国を追い抜き、名目為替レートベースのGDP でも 28 年に米国を追い越し、名実ともに世界最大の経済大国になる。
 
④インドは将来世界第 2 位の経済大国になる。
インドは 50 年までに購買力平価ベースで、世界第 2 位の経済大国になる。ただし、この見通しの実現には、インドが政治、経済、社会など様々な面で構造改革を継続的に実施する必要がある。

30 年までに経済規模でメキシコ、インドネシアが英国、フランスを追い抜く。
メキシコ、インドネシアの GDP 30 年までに英国、フランスより大きくなる。トルコの GDP 30 年までにイタリアより大きくなる。

50 年までの平均成長率が最も高い国はナイジェリアとベトナム。
50 年までを視野に入れると、新興国経済の中で成長率が最も高い国はナイジェリアである。ナイジェリアの GDP は年平均 5.5%の成長を続け 50 年までにドイツを上回る。これに次ぐのがベトナムである。ベトナムの GDP は年平均5.4%の成長を続け、14 年に日本の 1 割強しかなかったベトナムの GDP 50 年には日本の 4 割強まで増加する。なお、パキスタンも超長期的な視点からは存在感が高まる。同国の 50 年の GDP は日本の 5 割を超えるまでに成長する。

 

 


 

2019年6月22日土曜日

財閥解体


 
 第二次大戦後に行われたGHQによる日本社会改革の主要なものは、財閥解体、農地改革、労働の民主化である。財閥は明治初期、政商資本として有力政治家との密接なつながりを持つことで事業活動を維持することが可能であった。そのため、常に政治や戦争とかかわり合い、政府の保護のもと日露戦争前後に財閥組織を完成させ、近代日本の産業資本形成と経済発展に大きな役割を果たした。財閥組織の本社は個人会社で持ち株会社の形態を有し、配下に株式会社形態の銀行、商社、鉱山、その他製造業などが連なっていた。財閥は本社の支配力が強く、グループ全体の利益を本社に集中するようになっていた。したがって、その成立当初より声なき貧しい民の味方ではなく、経営者は巨大な富を独占していたこともあり、当主や番頭は過激な右翼から命を狙われ、安田善次郎、團琢磨などが命を落とした。

 第二次大戦においては軍と財閥が協力体制を構築して戦争を継続し、特に2.26事件後は軍が政治を支配するようになった。こうした背景から、GHQは財閥を戦争に関わる重大な当事者として糾弾し、財閥本社が所有していた株式を接収し、その解体を命令した。当初、抵抗していた財閥側もGHQの執拗な命令に諦観し、安田財閥の作成した解体案に沿って作業を進めることになった。野田岩次郎をはじめとする「持株会社整理委員会」が組織され、巨大な財閥組織の全容を明らかにし、解体がはじめられた。特にGHQによって徹底的に破壊されたのが三井物産と三菱商事で、それぞれ200社に分割され、これら企業の社員は2名以上が集まって新会社を設立することまで禁じられた。

一次指定の財閥 194696

三井、三菱、住友、安田、富士産業(中島飛行機)

二次指定(40社)1946127

大倉、浅野、古河、野村、渋沢 野村、日産、日曹、理研、日本製鐵、日窒、昭和電工、沖電気など傘下の子会社も含め40社が指定された。

第三次指定20社 19461228

三井鉱山、三井化学など指定されていなかった財閥傘下の企業20社。

4次指定 1947315

国際電信電話会社、日本電信電話会社

5次指定 1947926

林兼、日石、武田薬品、味の素、精工舎など地方財閥、小規模財閥16社。
 
このように当時の代表的な日本企業が財閥と見なされて解体されたが、194910月に中華人民共和国が設立されるに至り、日本は共産主義国家の防波堤としての役割を担わされ、戦争犯罪人の解放、公職追放者の復権と共に財閥の復活も許してしまい、財閥解体は中途半端な改革のまま終わってしまった。それでも財閥本社が解体され、持株会社を禁止したことはそれまでの個人所有の財閥は消滅し、替わりに銀行を頂点とする近代的企業グループとして再生していった。

2019年6月17日月曜日

マーケティング

    高度経済成長期、日本企業の多くはマーケティングを販売促進と心得て、どのようにして顧客を捕まえ、自社の商品を売り込む方法などが真剣に話し合われた。ターゲットを絞り、その市場に深く食い込むための努力をやっていた。しかし、それは間違えであった。マーケティングは自社の製品をどのようにして販売するではなく、顧客はどのような商品を欲しがっているのか、である。つまりマーケティングについて考える方向が逆だったのである。現在でもマーケティングは、ものを売るための手段と考えている人々が多くいて、どうすれば売れるのかに重点を置いて商品の販売を行っている。それは間違えであって、客は何が欲しいのか、客の欲しいものを取り揃えば、売ろうとしなくても売れてしまうものなのである。つまり究極のマーケティングは、マーケティングを不要なものにしてしまう。
現在、マーケティングの研究ではF.コトラーが著名であるが、アメリカ経営学において重要なのは市場の力であることを念頭に入れて理解しなければならない。コトラーは4PすなわちマーケティングにはProduct(製品) Price(価格) Promotion(広告) Place(流通)の4つが重用であるとしている。

しかしコトラーは、マーケティングによって企業が大きな利益を上げることが企業経営の目的ではないことを踏まえて、マーケティング3.0という概念を構築している。従来のマーケティングでは経営学が求める社会の発展や豊かさを実現することは出来ない。私たちは気候の変動や格差、貧困といった現代社会の諸問題について、その解決のために何ができるかを考える時代になった。そして、SNSの発達によりこうした考え方が拡散され、人々はその解決のための行動を起こすようになった。企業はこのような社会に変化に伴い、人々の行動を支援しなければならなくなった。それは企業が生き残るための重要な要素になっている。SMS時代の買い物は、店舗はショーウィンドで実際の購入はネットで済ます場合が多い。買い物についての新しい変化の中で、企業が生き残るためにはSMSの世界で最先端の話題を造り、注目を集め、人々に支持されなければならない。ネット時代のマーケティングは始まったばかりである。

 

 

2019年6月11日火曜日

科学的管理法と生産性の向上


科学的管理法

科学的管理法(scientific management)とは、アメリカ人機械技師のテイラー(Taylor, Frederic W.)が1911年に出版した著書の題名であり、工場管理のシステムおよびその思想について研究が行われたので、テイラー・システムともよばれる。

 テイラーは、それまで成り行き任せ(drifting)であった管理を、科学的アプローチに基づくシステム(制度)に置きかえて、合理的で能率的な生産を可能にしようとした。科学的管理法は、作業の時間研究と動作研究を通じた課業の設定とその実施のシステムであり、計画に基づく近代的管理システムである。しかしながら、計画職能と作業職能の分離、すなわち計画職能の担い手は管理者であるというその根本原理が、科学的管理法は労働強化システムであるとの厳しい批判を生み出してきた。

テイラー・システムとは、一日の作業量や作業手順をマニュアル化することでどのような人材でも一定の作業ができるようにするシステムである。このテイラー・システムを取り入れて成功した自動車メーカーのフォードでは、製品を単純化して、部品を規格化するとともに、コンベアシステムを導入することでより合理的な生産が可能になった。このことでアメリカの自動車生産台数は飛躍的に増大、1914年にはアメリカで生産する自動車の約半分をフォードがまかなっていたといわれ、作業員の労働時間も、10時間程度だったものが8時間労働制に改められた。

 以後、製造業における生産性を上げるために、様々な試みがなされ行動科学など経営学における新しい潮流がみられるようになった。

 

ホーソン実験

ホーソン実験(Hawthorne experiments)はアメリカのシカゴ、ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で実施されました。行われたのは1927年から1932年で、ウェスタン・エレクトリック社で調査が実施され、途中からハーバード大学のエルトン・メイヨー、フリッツ・レスリスバーガー参加した。

照明実験

そのひとつが照明実験で100ワットの照明から25ワットにまで照明量を下げ、照明と生産性の変化を観察しました。多くの研究者は明るい照明にすることで生産性がアップするだろうと予測を立てていた。しかし実験の結果、照明と生産性は相関しないという結果が出た。

リレー組み立て実験(継電器組立作業実験)

次に行われたリレー組み立て実験(継電器組立作業実験)では、組み立て作業員と部品をそろえる世話役とでグループを作る、監督を配置して労働条件を変えるといったことから生産性を観察した。労働条件が改善されると作業能率は上がり、元の条件に戻しても上がった作業効率が下がりませんでした。予想に反して労働条件と作業効率の関係性は見つからなかった。この実験を通じて仲間意識が強いグループや選ばれたことへの誇りが仕事のモチベーションに影響したという仮説が立てられた。続いて実施された面接実験においても、労働意欲が職場の人間関係に影響されることは確認されている。

 

バンク実験

最後に行われたバンク実験では社会統制機能を果たす小さなグループがあるという仮説のもと、利害関係にない傍観者が生産性に与える影響を観察した。バンク実験では、対内的・対外的機能を有したインフォーマル・グループの存在が明らかになった。また監督者に対しては防衛と共存の関係にあって、個人的な関係性が品質に反映するという結果が出ている。

 

ホーソン実験からの教訓

はっきり申し上げて、ホーソン実験をあんなに大掛かりにやる必要などあったのだろうかと疑問に思う。我々が生活する中で、また仕事の経験から作業条件でそれほど作業能率が異なるとは思えないからである。もし、恵まれた条件の中で行う作業が効率的だとしたならば、明治維新期の松下村塾からあれほど多くの優秀な人材を輩出したわけが説明できない。少なくとも現在の学校は松下村塾の設備よりもずっと恵まれているのではないのか。
それより面白いのは、あの本の中で触れられていた著者が女性従業員から「うちの食堂は美味しくないので、経営者に改善するように話してください。」と依頼された件である。著者は話を聞き流し、経営者にそのような話はしなかった。ところが次にその女性と会ったとき、「おかげで食事がおいしくなった。」と御礼を言われたのである。このことから解るように、もし管理者が今よりもっと効率を上げたいと望むならば、部下や従業員から出来るだけたくさん相談をうけ、話を聞けば良い。多くの場合、話を聞くだけで相手は満足し、問題は解決するからである。 

2019年6月3日月曜日

MaaS


aaSmobility as a service

MaaSとは従来、車・電車・バス・タクシー・などの個別の交通機関を、一つのシステムで統一した利用方法を提供するもので、スマートホンなどでこれらの乗り物を連携して利用するものである。具体的に自宅から東京まで出かける場合、あらかじめ出かける設定をスマートホンに入力すると、その時間にタクシー(将来的には自動運転車)が自宅に来て、高崎駅まで送ってくれる。高崎から東京まで新幹線で東京までのチケットは準備できているのでそのまま東京まで行く。帰りも同様である。料金は市内定額、乗り放題のような設定がなされ、契約に応じて支払いを行う。これによってマイカーの利用が半分程度に減少すると考えられ、車の所有から利用へと交通機関の利用方法に大きな革命がおこるといわれている。現在のところ、実験的に利用が始まっているが、本格的な利用は数年先のことと思われる。しかし、確実に国民の自動車離れは進んでいくと考えられ、自動車メーカも生き残りの戦略がすすめられている。
 さらにこのシステムは交通機関だけではなく、あらゆる分野と提携し、新しいサービスの提供へと結びつくと考えられ、100兆円規模の産業に発展すると思われ、世界中で主導権争いが始まっている。